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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)403号 判決

原告

ランディー・リー・レイズ

被告

宮本昭彦

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し七七八万八七八四円及びこれに対する昭和六〇年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し二五八〇万二四六九円及びこれに対する昭和六〇年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五八年七月一二日午後七時一〇分頃

(二) 場所 東京都中央区銀座五丁目八番一七号先路上(以下、「本件事故」又は「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 被告株式会社ワールド(以下、「被告会社」という。)所有の普通貨物自動車(品川四五み七七二八)

(四) 右運転者 被告宮本昭彦(以下、「被告宮本」という。)

(五) 被害車両 自動二輪車(品川や二二〇二)

(六) 事故の態様 原告が被害車両に乗車して銀座通りを銀座四丁目交差点より新橋方面に向つて外側車線を進行し、本件道路付近にさしかかつた際、同所に駐車していた加害車両が発進し内側車線に進行せんとしたため、加害車両の右側前部が原告の右下肢部に衝突した。

2  責任原因

(一) 被告宮本は、路上に駐車していた車を発進して内側車線に進入するに際しては、方向指示器を右側に点滅させ、後方及び右側の進行車両の有無ないし安全を確認したうえ発進すべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、方向指示も出さず、後方及び右側の安全も確認せずに発進して内側車線に進行せんとした過失により、加害車両右側前部を加害車両の右側を進行してきた左下肢部に衝突させ、足先部分を同フエンダー内部に巻き込んだまま進行したのであるから、民法七〇九条により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告会社は、加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法三条により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  原告の受傷内容、治療経過等

原告は、本件事故により、左第二中足骨骨折の傷害を受け、昭和五八年七月一二日から同五九年二月二九日まで通院治療を受けたが、左第一趾外反拇趾形成、左リスフラン関節一、二趾部の疼痛、第一、二趾MP関節運動制限の後遺障害が残つた。

4  原告の損害

(一) 交通費 六万二〇九〇円

(二) 休業損害 七八四万七六九八円

原告は、本件事故当時、俳優、フアツシヨンモデルを主たる業とし、年間平均一三四四万七九三四円の収入を得ていたが、本件事故による傷害のため昭和五八年七月一二日から同五九年二月九日まで休業を余儀なくされ、その間合計七八四万七六九八円の損害を被つた。

(三) 逸失利益 一四五五万二六八一円

原告は、本件事故当時満二七歳であつたから、本件事故がなければ六七歳までの四〇年間稼働し毎年前記収入を下らない収入を得ることができたが、本件事故による前記後遺障害により労働能力を五パーセント喪失したものというべきであるから、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除すると、原告の逸失利益は一四五五万二六八一円となる。

(四) 慰藉料 一〇〇万円

原告の本件事故による受傷、後遺障害に対する慰藉料としては一〇〇万円をもつて相当とする。

(五) 弁護士費用 二三四万円

原告は、原告訴訟代理人弁護士に本件の提起と追行を委任し、その費用として二三四万円を支払う旨約した。

5  結論

よつて、原告は、被告らに対し、以上の損害合計二五八〇万二四六九円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2の(一)のうち被告宮本の過失は否認し、損害賠償責任は争う。

同2の(二)のうち被告会社が加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していた者であることは認めるが、損害賠償責任は争う。

3  同3のうち原告が本件事故により左第二中足骨骨折の傷害を受け通院治療を受けたことは認めるが、その余は不知。

4  同4の(一)は不知。

同4の(二)は不知。

同4の(三)のうち原告が本件事故当時二七歳であつたことは認めるが、その余は不知ないし否認する。

同4の(四)は争う。

同4の(五)のうち原告が原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任したことは認めるが、その余は不知。

5  同5の主張は争う。

三  被告らの抗弁

1  過失相殺

原告としては、停車中の加害車両の側方を通過する際、前方を注視して一旦停車するなど加害車両の動静に十分注意を払つておれば、加害車両との衝突を回避することができたにもかかわらず、これらの注意を怠り、わずか一・四メートルしかない駐車車両の間に進入し、かつ、衝突直前まで加害車両の動静に気づかなかつた過失があるから、被告らの損害賠償額算定にあたつては、原告の右過失を斟酌して相応の減額がなされるべきである。

2  弁済

被告会社は、原告の治療費として一〇万〇四三〇円を支払つているので、被告らの損害賠償額を算定するにあたつては、右支払額を加算した全損害額につき過失相殺したうえ、右支払治療費を控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  抗弁2は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの責任原因について判断する。

1  被告宮本の責任

前記一の当事者間に争いない事実、成立に争いない乙第三ないし第一〇号証の各記載に原告本人尋問の結果を総合すると、被告宮本は、昭和五七年四月から被告会社に勤務しているが、昭和五八年七月一二日午前六時三〇分頃、銀座の得意先に商品を配達するため加害車両を運転して被告会社を出発し、午後七時頃本件事故現場附近に到着したところ、京橋方面から銀座方面に向う道路の外側車線には多くの車両が駐車し、内側車線には渋滞のため多くの車両が停止していたが、銀座コア前の路上の外側車線に一台の車両を駐車させる空間があつたため、加害車両を同所に駐車させたこと、そして、被告宮本は、同僚二人とともに加害車両から荷物を降して得意先まで運び込みをはじめ、約五、六分して荷物の運び込みを終えたので帰社すべく加害車両の駐車場所に戻り、加害車両の運転席に乗り込んだうえエンジンをかけて発進しようとしたが、自車の直前に駐車車両があるためハンドルを鋭く右に切つて前車の右側に進出しなければならないのにかかわらず、ウインカーを出さず、かつ、右後方の安全を確認しないで発進したため、右後方から被害車両に乗車して進行してきた原告の左足に自車の右ドア付近と前輪を接触させたことが認められ、右認定に反する乙第七、第九号証の記載部分は採用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告宮本には、駐車車両を右にハンドルを切つて発進させるにあたつて、右後方から進行してくる車両の有無やその車両との衝突する危険の有無を確認しなかつた過失があることは明らかであるから、被告宮本は民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任を負うべきものであるといわざるを得ない。

2  被告会社

被告会社は、加害車両を所有し、これを自己のため運行に供していた者であることは当事者間に争いがなく、加害車両の運転者に過失があること前判示のとおりであるから、被告会社は、自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を免れないものというべきである。

三  次に、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の程度について判断する。

原告が本件事故により左第二中足骨骨折の傷害を受け通院治療を受けたことは当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いない甲第一、三号証、乙第二号証の一ないし一三の各記載、証人鈴木信正の証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、昭和五八年七月一二日から昭和五九年二月九日まで東京都済生会中央病院に合計一一回通院して治療を受けた結果、昭和五九年二月九日左第一趾外反拇趾、左一、二趾MP関節部の疼痛・軽度の運動制限を残して症状が固定したこと、症状固定後の昭和五九年三月一五日の診断では、第一趾MP関節の背屈は左が自動運動で二〇度、他動運動で四〇度、右が自動運動で五〇度、他動運動で九〇度、底屈は左が自動運動で二〇度、他動運動で四〇度、右が自動運動で三五度、他動運動で四〇度であり、第二趾MP関節の背屈は左が自動運動で五〇度、他動運動で九〇度、右が自動運動で五〇度、他動運動で九〇度、底屈は左が自動運動で〇度、他動運動で四〇度、右が自動運動で四〇度、他動運動で五〇度であつて、正常な生理的運動領域は軽度に障害されているが、日常の歩行やゴルフなどのスポーツをするについては特段の支障はなくバレリーナのようにある時間、ある期間爪立ちするという運動を頻繁に行うと、軽度の障害が出て、受傷部の関節炎が再発する可能性があるが、しかし、原告の年齢からすると後遺障害の程度は将来軽減するものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

四  進んで、原告の被つた損害について判断する。

1  交通費 〇円

原告は、病院に通院するために支出した交通費を損害として請求するところ、前記認定の事実によれば、原告は、東京都済生会中央病院に通院して治療を受けたことが認められるが、そのために原告が利用した交通機関、経路、その負担ないし支出した交通費の額などを確定するに足りる証拠はないので、右請求は認められない。

2  休業損害 五二五万二〇五四円

成立に争いない甲第二二、二三号証、乙第一二号証原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一ないし八、第五号証の一ないし六、第六号証の一ないし六、第七号証の一ないし四、第八号証の一ないし四、第九ないし第一二号証の各一、二、第一三、第一四号証の各一ないし三、第一五号証の一、二、第一八ないし第二一号証(甲第二一号証については原本の存在をも含む。)第四三号証の一、二の各記載、原告本人尋問の結果によれば、原告は、アメリカ国籍を有する男子であるが、昭和五五年頃来日し、日本において主としてフアツシヨンモデル、俳優として稼働していたが、本件事故による受傷、通院、後遺障害のため約一年間休業したこと、原告は、昭和五七年七月一日から昭和五八年六月三〇日までの一年間モデル・俳優として稼働する傍ら他のモデルの紹介なども行つて一三八五万五〇九四円の収入を得ていること、原告は、昭和五七年分の所得税の確定申告では所得金額を五六六万四〇九三円と申告していること、原告は、日本でモデル、俳優として稼働するについては日本のプロダクシヨンと提携して仕事をしているためスポンサーから得る収入の約二〇パーセント程度をコミツシヨンとして控除されていること、一般に映画俳優、舞台俳優、テレビ俳優などの業種では平均的な必要経費として収入の三割ないし三割五分を要するものとされていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実に原告の職業柄その仕事量、収入が季節によつて一定していないことなどを総合勘案すると、休業損害の基礎とすべき年間収入は年収一三八五万五〇九四円のほぼ七割弱にあたる九〇〇万円と認めるのを相当とし、休業損害を請求しうる期間としては事故の当日から症状が固定した昭和五九年二月九日までの二一三日とみるのが相当であるから、その間の原告の休業損害は、計算上次のとおり五二五万二〇五四円(一円未満切捨)となる。

900万円×213/365=525万2054円

3  逸失利益 八三万六七三〇円

前記認定の原告の後遺障害の内容、程度に原告本人尋問の結果によれば、原告は事故後一年後にはほぼ事故前と同様に稼働することができる程度に回復し、現在日本においてモデル、俳優として稼働していることが認められることを勘案すると、原告は症状固定後二年間にわたり年収九〇〇万円の五パーセント程度の労働能力を喪失したものと認めるのが相当であるから、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益を算出すると、その額は次のとおり八三万六七三〇円となる。

900万円×0.05×1.8594=83万6730円

4  慰藉料 一〇〇万円

前記認定にかかる原告の受傷の内容、程度、後遺障害の程度等諸般の事情を考慮すれば、慰藉料としては一〇〇万円をもつて相当と認める。

5  弁護士費用 七〇万円

原告が原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告は右訴訟代理人に相当額の費用と報酬を支払うことを約したものと推認されるが、本件事案の内容、審理経過、認容額等諸般の事情に照らすと本件事故と相当因果関係のある原告の損害として被告らに負担させるべき弁護士費用としては七〇万円をもつて相当と認める。

五  更に、被告らの過失相殺の抗弁について判断する。

前掲乙第三ないし第一〇号証の各記載と原告本人尋問の結果によれば、原告は、被告車両を運転し、京橋方面から新橋方面に向け進行中本件事故現場付近に差しかかつた際、外側車線に多くの車両が駐車し、内側車線には渋滞のため多くの車両が停止していたが、二輪車が通行できる空間があつたため、時速約二〇キロメートルで進行していたところ、外側車線に駐車していた加害車両がハンドルを右に切つて右側に進出してきたため同車と衝突したことが認められるが、原告が進行中外側車線に駐車していた加害車両の運転席に被告宮本が着席しエンジンをかけて道路右側に進出することを事前に予測し、これとの衝突を回避する措置をとることができたと認めらるに足りる証拠はないから、被告らの過失相殺の抗弁は、採用するに由ないものというべきである。

六  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告らに対し、以上の損害合計七七八万八七八四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容するが、その余は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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